Saturday, December 31, 2011

日々|冬のしごと1

冬至も過ぎたので畑仕事も「冬」に移行する。

霜が降りるので作物栽培はほぼ終わりで、鎌やハサミの錆を落とす道具の手入れと春に向けた土づくりの準備をする。

 土から作物として取り出した養分を土に返すのが土づくり。具体的には落ち葉を拾い集め畑に埋める作業である。春先には腐葉土化してふかふかした土になることだろう。自然の循環を手助けするのが手入れで、その行いが人間だけでなく多くの生き物を生かす。

 冬の畑仕事は土の準備をすればほぼ終わり。

Sunday, December 25, 2011

日々|秋の畑9 振り返り


噂の物体X
冬の空に大きな雲が垂れこんでいる。今日の作業は畑の片付け、白菜の霜よけ、一部のたけのこ芋・大根・キャベツの収穫を行う。

たけのこ芋。

最初の収穫時、自分自身が「たけのこ芋」のなんぞやも知らずに種芋を植えてしまったため、掘り起こしてもどこが芋かわからない。師匠のお上さんに聞くと、茎と一体化した土中の部分が芋というトリッキーな代物だったことが発覚。京芋、海老芋と呼ばれる高級食材がこんないい加減な栽培で育つのだから、よほど土壌が良いのだろう。

さて、畑の一年を振り返りしみじみ思うのは、野菜嫌いな自分がなぜ野菜を作っているのかという一大矛盾である。自らナスを育てて手ずから収穫し、ナスが食卓に上ると「俺はナスは大の苦手である」と苦悶の表情をする自分。今頃そんなことを言うな馬鹿っ! と言われそうだが、嫁・親・親戚など身内の中でも今年一番の謎として扱われている。

実は自分はMではないのかという自問を胸に秘めながら、冬の土づくりを準備をしている。



【コメントお礼】

応援してます! >フェルディナント・ヤマグチ(本人)様 

書評|フェルディナント・ヤマグチ『英語だけではダメなのよ。』日経BP社 2011

Wednesday, December 21, 2011

引用|「間接部門の業務改善事例」 労政時報 3811号 2011.12

廃止できないか。減らせないか。替えられないか。

事務所仕事と役人は放おっておくと膨れ上がるものである。

人間は目に見えないモノにやたらめっぽう弱い。工場であれば無意味な工程など文字通り見れば分かる。しかし、事務所仕事は工程表に書き出すなどの「見える化」を行わない限りは、無駄な作業を示すのは難しい。挙句の果てに、無駄でも頑張っていると勘違いまでする。

事務所仕事も人任せ、自分任せにせず、定期的に事務所仕事の工程管理と改善をしっかりやることが肝要とさっそく仕事に役立てる次第。

Tuesday, December 20, 2011

書評|フェルディナント・ヤマグチ『英語だけではダメなのよ。』日経BP社 2011

高性能スポーツカーGT-R、電気自動車リーフ、タイ生まれの量販車新型マーチ。カルロス・ゴーン氏の経営によって業績は回復し、魅力ある車を生み出す強い日産へと様変わりした。本書はこれらを開発したチーフ・ヴィークル・エンジニア(CVE)の車作りへの思いを聴くことで、ゴーン氏によって会社がどう変わったのかを探る内容となっている。

魅力的かつ論理明晰で情熱的なCVEの話は、高い目標に向けて人をまとめ上げるための格好の教科書だ。また、冒頭に加えられたゴーン氏のインタビューでは、「そのような人が責任者に選ばれている」その事実自体がゴーン氏の適切な人材を選び、高い目標と成果責任を与え、プロジェクトの全てを任せる経営手法の賜物であることが分かる。

高い目標に挑戦している人であれば、断然面白く、元気の出る一冊だ。

評価:★★☆ (★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)
寸評:読み物として軽快で明快。日産の元気が分かる。
参考リンク: amazon: 英語だけではダメなのよ。 結果を出す!NISSANのグローバル仕事術

Sunday, December 11, 2011

日々|秋の畑8 別荘

まき割りの手伝いのつもりで畑へ出たが、今日は師匠筋の友人の山荘を見るとのこと。

建設屋の社長と言うより、大工の棟梁と言うべき御仁は、ミカン畑の広がる斜面に手作りの山荘を持っている。建設廃材を利用して10年間、休日を利用して少しずつ建てたそうだ。手作りと言ってもプロが自分のために拵えるのだから、出来は普通の家よりはるかに良い。

この土地のご老侯達は、こうした趣味を「遊び」とか「いたずら」と言う。例えば「ちょっといたずらしてピザ窯を作った」と言って、普通の料理屋にあるピザ窯ができてしまったりする。発想の伸びやかさ、行動の大きさは、風土がなせる技なのかもしれない。

Monday, December 5, 2011

引用|Richard Kats, "Trouble on the Home Front", Foreign Affairs, 11-12 2011


As economic mature, manufacturing jobs sooner or later shrink and this happens with or without globalization. This pattern holds true across a spectrum of rich countries, including those with significant trade surpluses. Even in Germany, where, according to Spence, the government protected factory jobs from international competition, such jobs fell by 27 percent between 1990 and 2008. During the same period, factory jobs fell by 26 percent in Japan, 24 percent in France, and 24 percent in the United States (although U.S. manufacturing output grew by 74 percent).
Richard Kats, “Trouble on the Home Front”, Foreign Affairs, 11-12 2011

グローバリゼーションがあろうがなかろうが、裕福な国では製造業の雇用は減るのだとKatsは言う。また、この記事では米国の格差拡大の原因は必ずしもグローバリゼーションではないと述べている。

さて、日本の多くの工場が省人化・無人化を目指して自動機械を入れる中で、人々の雇用は増えるはずもなく、仕事はあっても熟練の必要性が薄い作業のため賃金は上がらない(その上海外に比べると高い)。そして突き詰めれば熟練の必要性が薄いのなら、労賃の安い海外へ行って機械を置けば良いことになる。製造業の雇用は構造的に減らざるを得ないし、日本の製造業の雇用に安定した未来があるかと言えば、現在のやり方では多くの場所でNoと言わざるを得ない。

ではどこに雇用が生まれるのか。こればかりは各々が自身に「これからの産業とは何か」を問うて知恵を絞り、挑戦することしかないと思う。どこかに発展モデルがあるかと言えばそれはなく、付加価値の源泉を考えて各々がやってみるしかないからだ。その積み重ねが、結果的に回答となる。

そんな時代の模様を感じる。

Tuesday, November 29, 2011

日々|秋の畑7 収穫

日中にノコノコ出向く自分はその現場を見ることもないが、畑に霜が降りたとのこと。

秋ジャガイモ、白菜、キャベツ、ネギ、たけのこ芋を収穫する。一方で、殲滅してしまった枝豆を片付け、育ちの悪いほうれん草と種が2つしか発芽しなかった大根を眺めてどうしたものかと首を捻る。自分の休みの都合に合わせた農業が難しいことを悟る。

そろそろ来年のための土づくりと連作を避けるための栽培種の転換を考えなければならない。

で、とれたものは当然消費しきれないので配りまくるしかないのだが。。

Thursday, November 24, 2011

書評|NHK取材班『朽ちていった命-被曝治療83日間の記録』 2006 新潮社

1999年9月、茨城県東海村の核燃料加工施設で、核燃料の臨界事故が発生。当時、ウラン燃料の濾過・沈殿工程で作業をしていた37歳の大内氏と同僚の篠原氏はチェレンコフ光と呼ばれる青い光とともに、20 Svもの放射線を浴びる。一般人が浴びても問題ないレベルの2万倍、死亡率100%の線量であった。

本書は2001年に放映されたNHKスペシャル「被曝治療83日間の記録~東海村臨界事故」の取材記録を基に、被曝した大内氏と治療を行った医師団の83日間を記録している。

大量被曝した瞬間、放射線を浴びた細胞の染色体は瞬時に破壊され、血液、皮膚、臓器などで新しい細胞が作られなくなる。被爆直後は全く問題ないような身体が、溶けていくように機能しなくなり死に至る。医師団は医療技術の全てを投じて前例のない「治療」を行うが、若干の延命という結果を得られるに過ぎなかった。本書ではこうした医学的記録のほか、大内氏やその家族、医師、看護師などの心の葛藤も同時に描写されている。

業務上の事故で亡くなる人々が多々いる中で、なぜ被曝事故がこれだけ取り上げられるのか。分かったのは、放射線が見えない上に広範に被害を及ぼす脅威であり、治療の前例も方法も少ないということである。本書は「100%死亡という結果だけが分かっているけれども、その過程は良く分からない」そんな極限の状況を伝える一冊だ。

評価:★★★ (★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)
寸評:放射能を理解するうえでも必読の書
参考リンク: amazon: 朽ちていった命―被曝治療83日間の記録 (新潮文庫)

Wednesday, November 23, 2011

日々|Nintendo 3DSを買う

Nintendo 3DSとマリオ3Dを買う。


もっと快適に3D画面を見ることができればなぁとぼやきつつ、ARなどはカードゲームでもきちんと作れば子供はよろこびそう。

そんなことより、ゲームやって「すごく楽しい」と素直に思える年齢ではなくなったなと、ごく当たり前に感じたことが一番の収穫か・・・。

気付けよ自分。

Tuesday, November 22, 2011

日々|過去に伸びる意欲

少し昔なら、オヤジが会社人間となり経済を運営していたと言って良かった。しかし、そのような時代でも需要は「女性」や「若者」側にあり、オヤジ自身ではなかった。
オヤジ達が「欲望」として発見するフロンティアは、「オヤジになった現在」ではなく、「オヤジになる前の過去」にしかないのです。  (橋本治 『乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない』 2005 集英社)
ある年配の方から事業の青写真を聞いた。確かに、その方の能力ならば比較的大きな事業になる気がした。しかし、不思議と魅力を感じない。なぜかを考えた結果、橋本治の一説に行き当たった。 その方の意欲は過去に向かって伸びている。確かに成功するだろうが、昔かけたレコードをもう一度きれいにかけようとするような、そんな意欲だとわかった。そして、過去築いたような社会との関係性を求めているのであって、未来では無いのかもしれないように思えた。

Monday, November 21, 2011

引用|三木成夫『胎児の世界~人類の生命記憶』 1983 中公新書


おそるおそるキリをもんで、そこに二つ穴をあけて、その一方にストローを差し込んで、わたくしは夢遊病者のように、中の液体を吸ってみたのです。
「なんだこりゃあ」それは拍子抜けともいうべきか、まるで他人の味ではありませんでした。むしろ、懐かしい味とでもいった、そんな味でした。そして次の瞬間-
「いったい、おれの祖先は・・・・・・ポリネシアか・・・・・・」
ポリネシアなんですか・・・先生・・・・・((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル。 いや、もの凄く当たり本っぽい予感の比較形態学の新書。

三木氏がふとした拍子に椰子を飲むことになった時の体験から、生命の記憶が身体に宿っていることを伝えるこの文章。あまりに文学的であり、ただ語っているだけなのに映像を見せられているような錯覚に陥る。東大医学部での大人気講義だったそうで、白熱教室どころの話ではないなぁと思った次第。

参考リンク: amazon: 胎児の世界―人類の生命記憶 (中公新書 (691))

Thursday, November 17, 2011

引用|楠木新『人事部は見ている』日本経済新聞社 2011


優良企業は、顧客や消費者に対して良き商品・サービスを提供できるから経営も社員の雇用も安定しているのであって、社員の雇用を守ろうとしたから優良企業になったわけではない。
雇用リスクを企業の内側だけに抱えて、その配分をどうするかを検討するよりも、社会に幅広く転職、転身や起業の機会を提供する方が会社、個人とも選択肢が増える。(P165-166)

社会に出て驚いたのは「組織が第一」と発想する人が多いことだった。組織維持のために良き商品・サービスを提供するのか、良き商品・サービスを提供するために組織を作るのか。二者択一ではないが、目的が倒錯するとどうしても「良き商品・サービス」ではなく「組織維持」の都合が優先されてしまう。そんな危うさを感じ続けている。

また、正社員の雇用保障のために、あまりに多くの人材の雇用が不安定化している。長期的な成長が望める経済でないと長期で人を雇うことのメリットを発揮できない。一組織で雇用の安定を図るのではなく、社会の中で働く機会をたくさん作るほうが現状ではメリットが大きいし、そうでなければ変化と競争の時代を乗りきれない。

参考リンク: amazon: 人事部は見ている。 (日経プレミアシリーズ)

Monday, November 14, 2011

日々|秋の畑6 マッチョ化の野望

藁を拾い、束ね、積む修行。
日曜日の畑の概況。キャベツ復調、白菜まぁ順調、ジャガイモ順調、ほうれん草残存率4割、大根ほぼ全滅、秋蒔き枝豆死亡確認。ゲスト草花(人はそれを雑草と呼ぶ)少なめ。

点呼よろしく畑を確認後、苦力の続き。ひたすらわらをかき集め、ゴムで縛り、車に積み込む。

なんかオラ、ポコンと出た腹を凹ませられる気がする。春までにはマッチョになるぞ。

Sunday, November 13, 2011

論評|仕事と人の値段2

なるほどと思いました。
■「成果」という問題

成果主義では経営目標を個々人の目標まで落とし込み、各人の目標達成の「成果」を見る目標管理制度が鍵となる。城氏はその前提を以下のとおりまとめている。

・目標が数値目標化できる
・目標のハードルが同じ高さ
・常に目標が現状にマッチしている
・評価の際、達成度だけで絶対評価が可能

この前提ではチーム活動や過程重視の仕事では目標レベルの設定とその成果の認定が難しく、評価の公正性を担保するのことが難しい。もし管理職が従業員に対して「目標」の妥当性、「成果」の評価理由が明確に答えられないのならば、「あやふやな成果」によって処遇を決められる職場は混迷を深めていく。

■「役割」で処遇する役割業績主義

経験年数が増えるにつれ能力が上がり給与も上昇していくことを良しとする年功的な職能資格制度を「人の属性(学歴や経験年数など)」に値段をつける制度とすると、成果主義は「成果」に値段をつける制度であった。このどちらにも問題があるため、元井弘『役割業績主義人事システム』では「役割」に値段をつける人事処遇制度を提案している。

求めたい結果に対して仕事があり、仕事を成すために役割があり、役割を成し遂げるために人を充てる。人は役割に対する目標達成責任があり、役割の重さと目標達成度に応じて処遇が決定される。業績役割主義は経験年数や成果ではなく仕事を成すための「役割」に焦点を当て、同一の役割を果たしているのなら同一の処遇を行う。役割を果たしているかを評価することで、「成果」は重要だが評価の一要素とし、より広範な評価軸を取り込もうとするところにこの仕組みのポイントがある。役割業績主義は「緩やかな成果主義(元井氏は農耕型成果主義としている)」と言える。

■欧米型の職務主義との違い

一見、指定された職務(ポスト)に対して処遇を決定する職務主義に似ているが、「役割」とすることで日本型組織の特性を織り込もうとしている。例えば「書類を整理する」は職務定義だが、「部員が情報を探しやすくする」は役割であり、後者が抽象的で目的に焦点を合わせている。職務をブロックのように積み上げ成果を作る欧米型の組織ではなく、個々人の柔軟なフォローによって成果を作る日本型の組織の違いを意図しているものである。また、評価についても「役割」が果たせているか否かのため考課がつけやすい利点もある。

(つづく)

元井弘『役割業績主義人事システム』 生産性出版 2009

評価:☆☆☆ ※専門書 内容自体は★★★
(★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)

Saturday, November 12, 2011

日々|オリンパスという日本

オリンパスの粉飾決算の問題を眺めてきた。ニッチ市場で独占的シェアを持ち、高齢サラリーマン経営陣がおり、バブル崩壊時の損失処理で失敗した。日本そのものである。

事業は儲かっているが、負債を入れると資本を毀損して買収されるか倒産となる。長年勤めてきたサラリーマン役員はお家存続のために世間を欺いて負債処理を行う。事実が露見した段階で主君に申し訳が立たないと実行者が腹でも切れば歌舞伎が作れる。

社長は「世間に迷惑をかけた」と謝しながら、「(負債は隠したが)事業価値は毀損していない」と発表した。しかし、投資家は粉飾決算という詐欺的方法で損失を被った訳で、迷惑どころか企業犯罪である。また、事業価値の問題ではなく粉飾決算に対する責任と懲罰が問題とされている。社長の発言はズレている上、渦中の旧経営陣も取締役に残り続けている。

それでも日本の新聞は上場廃止には慎重であり、国内の機関投資家と持合い企業を中心とする株主は説明を求める程度で、粛々と損切りされるか、義理で持合いが維持されている。文字通りオリンパスは「この度はご迷惑をお掛け」しているのである。

欧米の投資家が言う「市場ルール」が優れているとは思わないが、行為-責任の関係が限りなく曖昧であり、国内の生保を始めとした大株主やメディアといった「古い組織」もなんとなく状況を追認していく。その煮え切らない状態こそ、失われた~年(まだまだ続くから「~」)の呪縛そのものではないかと感じる。

Sunday, November 6, 2011

日々|秋の畑5 苦力

朝7時半に自宅を出立し、畑に10時着。

本日のミッションは田んぼの稲藁をひたすら拾い集めて束にする作業とカットした丸太をひたすら車に積み込む作業。要するに苦力(クーリー)要員である。実際は雨で作業中断もあり、畑の師匠と話しながら酒を飲んで終わったような気がする。

さて、今回写真がない。iPhone胸ポケットで殉死事件の教訓を生かして携帯は外に出さなかったからだ。畑の写真を取ろうと胸ポケットにiPhoneを入れておき数時間。引き出すとコネクタ部から水が吹き出し、電源を入れるとピーガー・・ブツッと音がしてカラクリの中身と私の財布がはじけた。雨の日の痛い思ひで。

Friday, November 4, 2011

論評|仕事と人の値段1

内容は平易です。
■仕事と給料が保証される制度の崩壊

組織は人を評価はするが待遇で大きな差をつけない。若い時分は働きに対して薄給だけど、勤続が長くなるにつれ給与が上昇する。組織と人間の関係は比較的円滑で、損得の多少を別として人は与えられた役割を引き受けた。ある人はそれを社畜と名付けたが、生活する側にとってもそれなりに魅力的な制度であった。

以上は日本の多くの組織で見られる年功的人事処遇体系の特徴である。しかし、制度持続の前提は組織の継続的な成長と拡大であり、1990年代後半には多く企業においてその前提は潰えていた。

■成果主義という必要

城繁幸『日本型「成果主義」の可能性』は、ポスト成長時代の人事制度を考える一冊だ。筆者は成果主義をいち早く取り入れた富士通の人事担当者を務め、著書『内側から見た富士通』で180度とも言える制度的転換とその失敗を分析している。しかし、年功的人事制度の前提が崩れる中、過剰人員と過剰処遇を適正化し、年齢(職能)ではなく成果を生み出す力を機軸として人材活用を図りたいという意図が成果主義導入の裏にあることは間違いない。富士通の失敗は転換期の模索の一つに過ぎないのである。

(つづく)

城繁幸『日本型「成果主義」の可能性』 東洋経済新報社 2005

評価:★★☆
(★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)

Thursday, November 3, 2011

引用|P.F. ドラッカー著 上田惇生訳 『マネジメント~課題、責任、実践 上巻』 ダイヤモンド社

社会学も勉強しているドラッカー氏
働く者には移動の自由がなければならない。適所ならざる所にいる者は他所へ移ることができなければならない。衰退する企業や衰退する産業から、発展する企業や発展する産業へ、少なくとも生き残ることのできる企業や産業へ動くことができなければならない。(P330)

今も大きな問題である。雇用者の7割が働く中小企業は元より労働力の移動性が高いと言われている。移動性が特に低いのは残り3割である高学歴の大企業勤めである。同じ会社内で適材適所の人員配置は極めて難しい現状で、人材の宝庫ではなく人材を活用できずに腐らせる人材の倉庫になってしまえば、組織にも社会にもいいことはない。

参考リンク: amazon: ドラッカー名著集13 マネジメント[上]―課題、責任、実践

Wednesday, November 2, 2011

日々|仕事と人

『日本型「成果主義」の可能性』、『役割業績主義人事システム』、『人事部は見ている』etc・・・。古い本を書棚から引っ張り出したり、本屋やネットで物色したり。

職に就く前までは、学者の世界より企業などの組織体の方が利益だの顧客満足だのと目標が明確なのだから、組織も人も合理的に機能しているのだろうと素朴に考えていた。時間がたって、企業と言えども情実も惰性も働くし、市場の評価が芳しくなくても自己規律など望むべくもない状況すらあることもわかった。要するに人間が集まれば混沌なのである。

ではなぜ人事処遇なのか。人事処遇制度を見ればどのような人を企業が評価するようになったのかが分かるからである。そして現状を言えば、成熟日本において言われたことを言われたとおりにやる人間の価値が大幅に低下もしくは不要となり、変化に適応して成果を作り込む人間の価値が飛躍的に高まっているということになる。一方で日本の人材は圧倒的に前者であることを考えると、制度を変えて不協和音どころか阿鼻叫喚が聞こえるのは当然と言える。

学生を取り巻く環境は甘くなっているのに、企業を取り巻く環境や人材要件は年々ハードになっている不幸。社会に出たときは喜ばれた当人の能力や性向が、今はもう要らないと言われている状況。

変化、変化、変化とそんなうねりの時代に沈んでいく人はこれから多くなるだろうと思わざるを得ない。

Tuesday, November 1, 2011

日々|秋の畑4 敵性生物

圧倒的存在感
秋の畑は作業が少ない。涼しいから汗もかかない。楽だ。そう思いながら、目の前には結球寸前で青虫に蹂躙されたキャベツが一つ。青虫に宣戦布告を丁重に行い正式に敵性生物と認定する。殲滅しなければキャベツを防衛することは能わず。しかし葉にも土にも敵はいない。

よもやと思い先行き厳しそうなキャベツ一つをズバリと切った。青虫2が暖かい葉の奥で休憩中であった。早朝など時間帯を決めて外側の葉を食べ、食事が済むと暖かいキャベツの奥へ戻るストラテジー。師匠に聞くと、虫がついたときは朝に取るとの由。何はともあれ遭遇した敵性生物を捕獲しシベリアと名付けた溜池に放り込む。

そんな戦闘もさっさと終わりやることもさほど無いので、今一度師匠の畑へ行く。白菜、キャベツ作りにおける圧倒的な実力差どころかプレッシャーさえ感じる。そんな衝撃を感じたときにはあなたならどうしますか? 私なら「ええい! 連邦のモビルスーツは化け物かっ!」とつぶやく。つぶやくだけで何も解決しないが。

Saturday, October 29, 2011

日々|Facebookに誘われるが・・・

mixiも男友達しかいなくなった(笑)。しきりにFacebookへ誘われるのだけれども、パソコン通信のHN(ハンドルネーム)文化が叩き込まれている自分は、実名登録によって仮想世界と現実が直接繋がってしまうようで抵抗を覚えてしまう。

実名、ニックネーム、メールアドレス、生年月日辺りでネット上の情報を関連づければ、友人の状況、ネット上の取引、良い話も悪い話も大抵のものは結びついてしまう。しかも他者がその情報を利用できる。それ自体の良し悪しは人によりけりだが。

そんな理屈をつけて天邪鬼を決め込んでいるが、携帯が故障している期間に読書が矢鱈と進んだので、余計なことをもう増やしたくないということなのかもしれない。

Friday, October 28, 2011

書評|成毛眞 『日本人の9割に英語は要らない』 祥伝社 2011

本書ではマイクロソフト日本法人元社長であった成毛眞氏が、タイトル通り「日本人の9割に英語はいらない」ことを豊富な例証を上げて語り、英語を学ぶ無駄な時間に良書を一冊でも多く読み人格を磨くことを勧めている。

文化や思考は言語に大きく規定される。そして日本には他民族の言語を一度日本語に置き換えて考える文化的特性がある。この置き換える過程で自社会の文化的文脈に外来の思考を織り込む。文化と思考を他民族に従属させない知恵である。

そんな背景も理解せず、殆ど使わない英語を多くの人々が学ぼうとするのも日本企業で英語を公用語にするのも滑稽であり、英語圏に住む人なら阿呆でも流暢な英語を喋るのに発達上のリスクを負ってまで早期英語教育に取り組む親は正気の沙汰ではないと感じるのは当然であると思う。そんな真っ当な危惧をアメリカ企業で重責を務めた成毛氏が言う所に本書の価値がある。その一方で「みんなで」英語という志向には日本的平等志向が見え隠れしているのではなかろうかと本書を読んで感じた。

さて、裏の見所は第五章「英会話を習うより本を読め」である。読書家 成毛節が発揮されたおり、自分にはないセレクションと軽快な書評に惹かれていくつか注文してしまった。

評価:★★☆ (★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)
寸評:英語が必要ではないということがよく分りながら、英語をやりたくなる本。
参考リンク: amazon: 日本人の9割に英語はいらない

Wednesday, October 26, 2011

引用|陶淵明 著 松枝茂夫・和田武司訳 『陶淵明全集(上)(下)』 岩波書店 1990

古い友人たちと飲む。みんなから「ずいぶん親父になったな」と言われる。
互いの幼少を知っており、「今」より「過去」の人間が目の前に座っているような錯覚を起こす。
だからこそ少しでも暖かい場所で話をしたい。
こうなると陶淵明の「歳月人を待たず」しかないのである。
人生無根蒂 飄如陌上塵
分散逐風轉 此已非常身
落地爲兄弟 何必骨肉親
得歡當作樂 斗酒聚比鄰
盛年不重來 一日難再晨
及時當勉勵 歳月不待人

人生は根もヘタもない 路上に漂う塵のようなものだ
風に漂い散り散りになるように 自分の身も常に同じくあるわけではない
この世に生まれればみな兄弟 骨肉の間柄だけではないだろう
嬉しい時は楽しもう 友達を集めて飲もうじゃないか
盛りの時は二度と来ない 一日に二度の朝はないように
その時々を楽しもう 歳月は人を待ってくれないのだから
実家に書籍を置いてきたものだから適当に訳しては見たが、一番いいものはたぶん漫画『栄光無き天才たち』で書かれた川島雄三訳ではかろうか。詳しくは漫画を参照されたい。
この詩の一番好きなところは「斗酒聚比鄰」 (トシュヒリンヲアツメヨ)である。 一期一会を大事にして、どんな一瞬でも楽しく生きようとするやわらかい強さを感じる。

いいお酒を飲むことができた記念。

Monday, October 24, 2011

書評|須藤彰 『自衛隊救援活動日誌』 扶桑社 2011

「ここは昨年、娘と一緒に東松島市の牡蠣祭に参加した際に歩いたころです。(中略)以前に来たことがなければ、最初から海であったと勘違いしてしまいそうです。涙の代わりに、ここでは身体が震えてきました。」(まえがき)
東日本大震災で救援活動の中心となった自衛隊。その指揮の中心を担った東北方面総監部政策補佐官の現場日誌は被災地や自衛隊の救援活動の厳しい現実を暖かい文体と明晰な分析で伝えている。

著者は現役の防衛官僚で、現場での部隊の活動状況や被災地の現実を子細に把握し、現場と本省との円滑な意思疎通を支援する役割を担っている。本書は軟らかい文体ながら救援活動や被災者の「本当の」状況、支援の在り方、災害時の行政活動の運営方法について分析を加えており、災害時の現場理解や対処のコツを学ぶ貴重な資料となっている。

悲惨な現場に置いても自らの状況をコミカルに表現できるのは、希望を持って働く者の強さではなかろうか。救援活動の成否は後の評価に委ねられるとしても、自衛隊が現状でできることを全力で行ったことは本書から良く伝わった。

評価:★★★
(★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)



Sunday, October 23, 2011

日々|秋の畑3 追肥

苦戦中
白菜とキャベツに結球の兆しがあるので追肥を行った。これから株の中で新しい葉が次々と生れてキュッと詰まった実になる。直前の栄養補給と言ったところだ。
 
今日は師匠の畑で白菜を観察。葉が重なることなく丁度良い間隔で植わっている。生育も良い上、速度も揃っている。我が畑の白菜は生育具合がばらばらで、株の間隔も狭く葉がひしめき合っている愚連隊の如き惨状。彼我の実力差を知る。
 
畑全体の戦況も思わしくない。秋植え枝豆は生育停止。日照と肥料を与えすぎが問題だと考えている。虫よけをかけたキャベツも虫食いが発生したため対処する。大根はほとんど発芽していない。前シーズンの教訓が活きたジャガイモとホウレンソウが順調なくらいか救いである。

作業的には楽ば秋シーズン。一方で農業技術の低さを思い知る苦い季節となった。

Saturday, October 22, 2011

書評|養老孟子・玄侑宗久 『脳と魂』 筑摩書房 2007


解剖学者の養老孟子と僧侶の玄侑宗久。科学と仏教の二つの側面から「からだ」を語ることで豊かな対談となっている。

観念と身体、都市と自然、世間と個人、脳と魂。目次は脳が作り出す「ああすればこうなる」式の世界観と多様な要素が複雑に影響しあい予想を超えた変化と現象を生みだす「生きるシステム」の対比となっている。

本書の面白さは、科学的世界観が説明しづらい世の中の曖昧さを、仏教や日本人の伝統的価値観がきちんと把握していることが分かることだ。例えばカオス理論であれば、養老氏は以下のように答えている。
「仏教世界ではカオスが当たり前なんです。(中略)ただ、西洋人は論理的に細かいところを全部詰めていって、終点の所でカオスを発見する。(中略)ところが、日本人は「当たり前じゃないか」って言って、一切手続きは踏まない。」
風が吹けば桶屋が儲かり、縁起があるから適切な人や物に出会い、山の豊かさは河川や流域だけでなく海の豊かも保障する。これをごく当たり前ことだと改めて認めることで、随分世界の理解が豊かになる。

対談形式のため一つ一つの話が深くなるわけではないが、養老氏の稀代の知性と玄侑氏の仏教と哲学的素養が絡み合う「禅問答」は世の中の見方を教えてくれる。


評価:★★★
(★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)
 

日々|真贋を考えるコスト ~micro SDHC 偽物を見分ける

右上の6の記号が「クラス6」を表す
ヤフオクでKingston 32G micro SDHCカードを落札した。落札後に中文簡体字のパッケージであることに気付き、出品元の好意で本体写真を送ってもらうと2つのことが分かった。
  • Kingson社のラインナップにないはずのクラス6規格のカードであった。 
  • パッケージの整理番号が主に2G4Gの容量に割り当てられている番号であった。

結局、偽物とは断定できないがその疑いが強いため落札を辞退させてもらった。友人にそのような話をすると壊れたSanDisk 16G micro SDHCカードを譲り受けた。これもクラス6。同じ要領で調べるとSanDiskにクラス6規格の同製品はなかった。

精巧な偽物だが、なぜここだけはメーカーのラインナップにないクラス6なのか。

SDカードの「クラス」はデータの転送速度を表すため、クラスが上がるほど性能が良いと言える。32G16GmicroSDカードでは主流がクラス4のため、有名メーカーのクラス6カードが格安という触れ込みならば店頭で有利に捌ける。買う人はメーカーのラインナップを知らないのだから、素早く捌いて儲る目的に適っている。偽物としての筋は通っているのである。

・・・と感心してみたが、買い手や売り手の真贋の判定にかける時間や不愉快さを考えると、偽物が横行する社会の取引コストは高いと言わざるを得ない。

Tuesday, October 18, 2011

引用|P.F. ドラッカー著 上田惇生訳 『マネジメント~課題、責任、実践 中巻』 ダイヤモンド社


仕事と組織の複雑さと大義の関係に頭を打たれる自分。
システム型組織が必要とする目標とは、例えば「一九七〇年までに月へ人を送る」ことである。「日本を経済大国にする」ことであってもよい。今日グローバル企業の多くが抱え込んでいる問題が、いまだにそのような目標を明らかにできないことである。(P310)
これはこのままジョブズがペプシの社長だったジョン・スカリーを誘う時にへ問いかけた内容に通じる。
このまま一生、砂糖水を売りつづけるのか、それとも世界を変えるチャンスをつかみたいか。 
Do you want to sell sugar water for the rest of your life, or do you want to change the world?
  別に言うならば「世界中でビールや石鹸を売りたいか?」「明日も明後日も上司と部下の文句を聞いて、成果に関係ないいざこざを調整したいか?」 etc・・・ である。 

仕事や組織が複雑で大変になるほど求心力としての「大義」が必要だ。でも多くの場所で仕事や組織の複雑さをこなすほどの動機付けが欠けている。昔は「家族のため」とか「お国のため」で済んだ話が、豊かさの中ではジョブズほどの口説きがなければ人は奮い立たない。

そんなことを考えた。

Sunday, October 16, 2011

移転開業

・・excite blog時代の記事を移転しました。・・

http://shiget.blogspot.com/

 日々を赤裸々に書いたら3日で首になりそうなので、書評を中心としたサイトに衣替え企図する。
 指桑罵槐をしようとしているのではないけど。

 ただのアフィリエイトサイトだと思っていただいてOK。
 というか、誰がこんなの押すのだろうか。

書評|出町譲 『清貧と復興』 文藝春秋 2011

「個人は質素に、社会は豊かに」 明治人 土光敏夫の語録

本書は明治生まれの経済人である土光敏夫氏の語録を紹介し、自ら「火種」を持って働く人間像を探る。

 土光氏は明治生まれの経済人である。臨時行政調査会会長時代に「メザシの土光」としてその清貧さで支持を集め、国鉄や電電公社の民営化に貢献した。土光氏は元々タービン技師として石川島芝浦タービンに入社。戦後の公職追放で首脳陣がパージされると五十歳にして社長に就任し、播磨造船との合併を実現した。現在のIHIである。その後、請われて東芝の再建や経団連会長を勤め、引退しようとした矢先に、他に人がいないことを理由に八十代にして先の調査会会長に就任。行政改革に邁進した。

  本書では、公を基準として自分の信じるところを持って行動する人間の強さを学ぶことができる。また、大きな業績と比して非常にシンプルな自己のあり方は、肥大した「私」にまみれた現代において一層の輝きを放っている。 また、本書では経団連時代の土光氏のエネルギー観も集中して紹介されている。もし彼の技術的な見識と先見が生かされていれば、震災での原発事故も最小限に抑えられたのではなかろうかと悔やまれてならない。

 引用を中心にまとめられている本書は、土光氏を今に伝えることに成功している。唯一感じた違和感は、著者の「あとがき」である。土光氏の凄さは自らの「火種」を持つにとどまらず、私を少なくし公へと伸びる強烈な意志だ。現代の土光氏と称された経済人は確かに立派ではだが、同時に土光氏や多くの明治人が持った志とは同じではないように思える。

 また、尊敬はあっても同等の重みを持つ作家として対象に対峙せず、凄い人の肩に乗って他人を教育しようとするイージーさをこの「あとがき」から感じたのが残念だった。

評価:★★☆
(★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)

日々|秋の畑2 間引き

 秋の畑作は春夏のそれより楽であると思う。雑草の勢いが落ちるのでその分手間が減るからだ。その代わり、冬の入りの低温などに対処し、食欲旺盛な秋の虫達と折り合いをつけなければならない。



 今日は大根とほうれん草の芽を若干間引き、ジャガイモの追肥をする。間引きにおいては勢いのある芽だけを残し、株と株の間を整える。無慈悲な所業ではあるが、手を入れなければ収穫は寂しいものになる。

 この手入れは日本における自然と人間の付き合い方の基本である。生態系の豊かさという意味でも、手付かずの森林と田畑雑木林の山村では後者が勝る。人間の手入れを前提に暮らす動植物も多いのだ。これは取り立てておかしなことではない。人間もまた自然のごく一部であるからだ。

 世の中も同じようなもので、多くの人の手入れがなければ人はまともに育たない。アナロジーでなく、簡単な事実である。畑の手入れから学ぶことは畑にとどまらない。

Thursday, October 13, 2011

書評|服部正也 『ルワンダ中央銀行総裁日記』 中央公論社 1972

 中央アフリカに位置するルワンダは、人口一千万足らずの内陸国である。近年では1990年~1993年に起こったルワンダ紛争がニュースとなった。

著者の服部氏は1965年から1971年にかけて、日銀からルワンダ中央銀行へ総裁として赴任した。本書は旧宗主国系官僚と企業による経済支配からの自­立を目指した外貨・金融管理と通貨改革や経済計画を通じ、貧困に喘ぐルワンダ経済を立て直す模様を記録している。

本書は人種的偏見ではなく、人間への信頼をベースにしたプロの仕事がどのようなものなのかを教えてくれる。また、徹底した現地の観察と考察を織り込み、中央銀行マン一流のタフネゴシエーションで白人の杜撰な経済支配へ斬り込んでいく政策立案過程も素晴らしい。

では、なぜ旧宗主国にも諦められていたルワンダ経済の立て直しに服部氏は成功したのか。一つの基本となる考え方が、まえがきに要約されていると思う。

「ある評論家は私にルワンダの人口、資源、国民所得、貿易の規模を聞いて、結論としてその国は到底経済的に自立できないと断言した。(中略)資源や国土の広さ等の不利な物理的条件も、人間の努力によって克服しうるということは、日本人ならば誰でも知っているはずである。」

これがただのガンバリズムではないのは、本書を読めば分かると思う。

評価:★★★

(★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)

Monday, October 10, 2011

書評|渡辺惣樹 『日本開国』 草思社 2009

 1854年の日米和親条約を嚆矢とする日本開国を巡る米国側の背景を、米国人弁護士アーロン・H・パーマーを軸に様々な人々のエピソードを重ねて描くノンフィクション。

日本へ開国を迫る米国側の目的は、太平洋周りで中国へのシーレーンを作りアジア圏での通商権益を確保するという、一人の弁護士の着想が始まりであったことを著者は解き明かしていく。この着想が人間関係を辿って実行に移され、日本で、中国で、オランダで、多くの人間に影響を与えていく。折しも、米国が東から西へと領土を拡大する西漸運動が頂点に達した時代であった。

米国の国力の源泉がベンチャー魂であることは、この本を読んでも明らかである。一方でその狡猾さも伺える。現在の米国の世界戦略もこの時代と同様に中国が軸であることを考えると、読むべき価値がある本ではなかろうか。また、著者の米国でのビジネス経験が、実時折入る解説に生かされており、ちょっとした異文化コミュニケーションの勉強にもなる。

時と場所を切り取った人物描写を重ねることで全体像を示す手法が成功しているかは判断の別れるところだが、思惑の連鎖が歴史的事実を作る面白みがこの本には生きていると思う。

渡辺惣樹 『日本開国』 草思社 2009

評価:★★☆
(★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)

書評|アンドルー ゴードン 日本の200年~徳川時代から現代まで(上・下) みすず書房 2006

 米国人が書いた日本の通史。 経済・政治・労働運動の絡み合いから歴史を解きあかし、大衆の生活やジェンダーの変化といった文化的事象を折り込みながら進んでいくアンドルーの日本現代史は、慎重な筆致もあってコンパクトに日本が分かる良著だとおもわれる。

二次史料をベースに一般もしくは大学学部向けに書かれているので論争中の史実等は一瞥もくれていないが、著者が専門にするところの労使関係や労 働運動の部分を手厚くカバーしているので、通史にも拘わらず市井の人々の様子をよくうかがうことができるといった特徴をもつ。また、Imperial democracy という概念を提出したアンドルーらしく、日本の戦前を簡単に全体主義と割り切ることもなく、全体主義的な傾向をもつに至る経緯を丁寧に書き出そうとしてい る姿勢も見どころ。

アンドルー ゴードン, Andrew Gordon 著, 森谷 文昭 訳, 日本の200年~徳川時代から現代まで(上・下) みすず書房 2006

評価:★★☆
(★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)