Thursday, May 31, 2012

引用|顧客満足と利益の因果関係~小野譲司『顧客満足[CS]の知識』より

小野譲司
顧客満足[CS]の知識

しかしながら、顧客満足と利益との因果関係については、実務の経験則はもとより、学術的にも幾つかの実証研究が行われていますが、利益に影響を与える要因が顧客満足以外にも多数あることも手伝って、実際のところ確たる証拠は挙がっていません。(P17)
商工業は、「利益」を得るための経路として「顧客満足」が含まれているのが良い点である。「利益」を得るだけならば、盗みや暴力で奪うという手段もあるが、それを互恵的に行う術を発見したのは人間の進歩である。

小野氏は控えめに顧客満足と利益の因果関係に確たる証拠はないと書いている。実際は「顧客満足の追求からでも利益は上がる」ということだろう。だから、利益のみを求めるのなら顧客満足という手段を必ず取らなければいけない訳ではない。しかし、この方法で利益を上げることができれば、「厚い信頼と尊敬」を基盤とした「長期的な利益の確保」が実現するかもしれない。

利益との因果関係が薄くとも、顧客満足から開ける可能性は豊かである。

参考リンク: amazon: 小野譲司 『顧客満足[CS]の知識』 日本経済新聞出版社 2010

Saturday, May 26, 2012

引用|台湾人の悲哀と金 ~邱 永漢『邱永漢 短篇小説傑作選』 小説「香港」より

なるほど世間の風は冷たい。だが、その風で頭を冷やさなければ、人間は生きることの意味を忘れてしまう。牢獄は一時逃れのためにはいいかもしれないが、人間が本当に生きたいと思うときに、それができなくなってしまう。(P368)
邱永漢氏は、山師的な魅力を含んだお金儲け本を出す実業家として有名である。一方で、日本統治時代の台湾に生まれ、旧制高校から東京帝大へ進んだ台湾のエリート知識人で作家でもある。小説「香港」は氏の直木賞受賞作であった。

中国国民党に追われ台湾から脱出した主人公の頼春木は、香港の貧民窟に住む李明徴の部屋に逃避する。食べるにもこと欠く貧困の中、李は人を陥れてでも金儲けを企み、友人の大鵬は仲間の引き立てや馬券が当たることを待ちながら生活するに足らない賃金で肉体労働を続ける。春木は貧困からの脱出を考えながら、他人を陥れて金儲けすることにも、他力を当てにして単純労働で生きることもできず悩む。

作中、李は金の力に希望を見いだし、大鵬は労働の美徳に拠り所を持った。しかし、春木はそのいずれにも空疎さを感じて、儲け仕事の仲間を裏切り逮捕される。その時、李明徴が発した言葉を読めば、彼もまた狡賢い人間と言うより、崩壊した社会の中で、価値の拠り所をどこに置くか迷い続けた人間であることが分かる。この「価値の拠り所」が本作品に通底するテーマだが、しかしそれは終局に至っても見つからないのである。

年配の台湾人が支配の象徴でもあり故国でもあった日本に、愛憎入り組んだ複雑な感情を抱いているのは、様々な文献で知ることができる。春木の逃避先では、あれほど台湾人に教え込まれた「日本人」としての美徳や価値観はなんの役にも立たなかった。しかし、そこに台湾人は迷うのである。邱永漢氏の向かい合った文学もその足跡も、そんな台湾人の複雑性を体現したものであると思う。
君、悲哀は人間性のもっともっと深いところに根ざしていて、社会制度をいくら改善したところで、解決できないものだからな(P378)
 参考リンク: amazon:邱永漢 「短篇小説傑作選―見えない国境線』新潮社(絶版)

Monday, May 21, 2012

引用|確信なき様 ~江夏美好 『雪の碑』より

江夏美好
『雪の碑』
・・・・・・登山案内人が宿を出発するとき、足取り早く出かける者程未熟な証です、と申しても大体間違いないと思います。どうしても確信のない者は焦ります。早く目的地に着きたがります。・・・・・山の犠牲者となる人達は多く不案内な狼狽によって、過失を繰り返して・・・・・(江夏美好『雪の碑』P26)
大正期の社会事業家である篠原無然を書いた小説『雪の碑』に、無然の手記が載っている。確信のない者は焦る。成る程、今の自分もそうではないかとドキリとする。

しかし、手記の書き手である無然もまた、冬の安房峠で遭難死する。

参考リンク:amazon:江夏美好 『雪の碑』 河出書房新社 1980
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引用|篠原無然という人 ~井上理津子 『最後の色街 飛田』より 

Wednesday, May 16, 2012

引用|「ちぐはぐ」という生存戦略~内田樹 『日本辺境論』より

内田樹
『日本辺境論』

天皇の下僚である足利将軍が「日本国王」を「詐称」して、明国皇帝に「臣下の礼」をとった。これは天皇に対しても、明国に対しても、どちらにも非礼を働いていることになる。喩えて言えば、課長が「私が社長です」と詐称して、取引先に行って、頭を下げて仕事をもらってくるようなものです。<中略>私には推察するする術もありませんけれども、「中華皇帝にまじめに臣下の礼をとる気がない」ということだけは分かります。(内田樹『日本辺境論』P64)
日中韓の三カ国会議に野田首相が出席したが、胡錦涛国家主席との個別会談は実現しなかった。会議期間中、日本で全世界ウイグル会議が開催されたためと新聞は報じている。ついでに、東京都は尖閣諸島を買い取るべく寄付金を集めている。中国政府から見れば、中国内の少数民族問題を脅かし、実力を持って尖閣諸島を防衛する意志をことさら示すことで、中国内の世論を刺激する意図があると受け止めるだろう。

しかし、中国側はそのことによって日本が得る利得が分からないはずである。当の日本人においてもそこは分からないし、「中国側が矛盾と思う部分」など初めから気にしていないからである。これがややこしい。

中国にしてみれば、日本政府がまじめに交渉する気があるのかを疑ってかかるより他はない。 高等戦術なのか、日本流の「それはそれ、これはこれ」なのか。いずれにせよ、過去と同様「中国の流儀に従って対応する気はなさそうだ」ということだけは分かる。しかし、当の日本人は外交交渉にも大まじめなのである。

内田氏の言うように、良きにつけ、悪しきにつけ辺境性が生んだ日本特有の行動パターンはいつの時代も同じように発現してくる。

参考リンク: amazon:内田樹 『日本辺境論』 新潮社 2009

Sunday, May 13, 2012

引用|宙ぶらりんを耐える力 ~山口周 『天職は寝て待て』より

山口周
『天職は寝て待て
新しい転職・就活・キャリア論 』
要するに、非常につらく、進退窮まった状態に陥ると、個人も国家も「窮鼠猫を噛む」ようなリスクの高い決断をしてしまいがちで、これが破滅を招く、と言っている訳です。(P159)
本書は、転職・就活・キャリアを論考した新書である。著者の山口氏は軍事史研究家のベイジル・リデルハートを引いて、転職などそれなりに大きな選択をするときに「宙ぶらりんに耐える」力が必要だと書いている。そして、拙速な行動を避け、できる限り正確な情報を集め、機会を待つ。もし、「逃げ」から発生した判断ならば、往々にして拙速を生むからである。

事業においても、拙速を避け、一歩立ち止まり考え抜くことで危機を回避できることが多い。焦っているとき、やるべきことが立て込んでいる時には難しいことであるが、だからこそ勇気を持ってやらねばならぬことである。

参考リンク:amazon: 山口周 『天職は寝て待て 新しい転職・就活・キャリア論 』 光文社 2012
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Friday, May 11, 2012

日々|春の畑2 じゃがいも

今期はだいたい二週に一度農場に行くことにした。そのため、マメさが要求される作物を避けジャガイモ一本とした。

「ジャガイモ一本とした」と能動態で断言してみたが、すみません、僕、ウソついていました。大根とネギを植える準備が間に合わなかっただけでなく、ジャガイモも植える時期を危うく逸しそうになっていたため、「師匠に植えてもらった」んです・・・!!


さて、3月末に植えたジャガイモも草丈が少し出てきたので、芽かき、追肥、土寄せを行う。芽かきは出てきた芽を2本まで間引き、きちんと実に養分がいくようにし向ける作業。追肥と土寄せで6月の収穫に向けて元気づけてやればよろしい。さすがにここは3回目の栽培なのでもう慣れた。

さほど手間がいらず、多収のジャガイモ。江戸時代は「苦いも」と呼ばれ流行らず、救荒作物としてはサツマイモが重宝されていたとのこと。その後の品種改良の結果、ジャガイモは広がりを見せた。

そういえば、昨年は隣の畑からサツマイモを頂いた。自家用のものは栽培本気度MAXであり、スーパーなどで買う物が貧弱に見えてしまうほど立派でうまい。冬の白菜も、プロ栽培の自家用白菜がシャアザクならば、いつもお世話になっているスーパーはせいぜいガンタンク止まりである。やはり全てが3倍違・・・ry

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Monday, May 7, 2012

引用|篠原無然という人 ~井上理津子 『最後の色街 飛田』より

井上理津子
『最後の色街 飛田』

何より驚いたのは、ミミズが這うような文字で「娼婦のつくりし哀歌」と題した歌が綴られた巻き紙を見つけた時だった。しかも、誤字だらけのひらかなのものと、清書であろう漢字まじりのものと、両方。無然は難波病院で、娼妓たちに文字を教え、思いを綴ることを教えていたのだ。(P109)
篠原無然(1889~1924) は社会事業家として飛騨地方の社会教育にその名前を残している。亡くなる直前、大阪府保健課の嘱託となり難波病院の「入院娼婦監督」となる。井上氏は今で言うカウンセラーの役目を果たしていたのではないかと書いている。

教育なきところに教育を届ける人がいたことは、セツルメント活動を見ても明らかである。もちろん、イデオロギー的背景もあったに違いないが、明らかにそれは貧困から生まれた問題であった。そのように考えれば、医療も教育も福祉もそれなりに行き届いた今の社会は綻びが見られても随分良くなっている。
 
さて、調べていくうちに高山出身の作家 江夏美好氏が『雪の碑』という作品で無然を書いていることが分かった。井上氏が無然の情報を探しに行った記念館も氏の尽力があったらしい。絶版だが入手することができたので読んでみることにする。

こうした出会いも本読みの楽しみである。

参考リンク: amazon:井上理津子 『最後の色街 飛田』

Friday, May 4, 2012

書評|小出裕章 『原発のウソ』 扶桑社 2011

小出裕章
『原発のウソ (扶桑社新書)』
小出裕章氏は京都大学原子力実験所の研究者として長年原子力安全の研究に携わってきた。本書『原発のウソ』は、福島事故の行方、放射能汚染の科学的知識、原子力発電がその環境負担や経済性において破綻していることを、平易な文章で説明している。

例えば、文部科学省は福島県に対して学校の放射線空間線量の安全基準を一時間当たり3.8マイクロシーベルト以下としている。しかし、1日8時間野外にいたとすると、年間20ミリシーベルト。これは原発作業員が白血病を発症すれば労災認定されるレベルで、放射線の影響が出やすい子ともの基準としては大きすぎると小出氏は言う。

また、東京湾に火力発電所が沢山立地しているが、原子力発電所は新潟、福島など人口密集地から離れた地域に立地している。国は1960年に「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害に関する試算」を行い、「原子炉立地指針」でそのように決めているからである。「絶対」安全でないから、試算や立地指針がある。

以上のように、本書は原発の事実を脚色なしの事実として見せてくれる。

国家としてリスクを考える姿勢を持っていたはずが、「絶対安全でなければならない」と念仏を唱え、リスクに機敏に対応せずにリスクを引き受けてしまったのは、なにも国や東電だけの責任ではない。それ故か、小出氏は「国が悪い」と単純に片付けていない。国民の便利さの追求がエネルギー消費となり、原発の推進となって現れてきた以上、一人ひとりが足るを知り、エネルギー消費を安全な電力でまかなえる範囲に押さえることだと締めくくっている。

この冷静な姿勢もまた、科学者の役割である。

評価:★★★  (★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)
寸評:事実は事実としてとらえられる良書。内容も平易。
参考リンク:小出裕章 『原発のウソ (扶桑社新書)』 扶桑社 2011

Wednesday, May 2, 2012

書評|宮本常一 『塩の道』 講談社 1985

宮本常一
塩の道
宮本常一先生と言えば、柳田国男の流れを組む民俗学者であり、農村経済の探求者であり、農業指導者であった。過疎地域経済の勉強をしていた大学時代、私が宮本先生の名前を出すと、人文系の友人から小一時間批判されたことがある。騎馬民族征服王朝説を支持した罪はかくも重いものかと考えながら、経済系の私は史学論争(友人は妄想だと言っていた)はさっぱりなので、今でも懲りずにおもしろい話だと思っている。

さて、本書『塩の道』は宮本氏のエッセイをまとめた短編集である。日本における製塩法や流通ルートの発達を民衆の歴史として書き出した「塩の道」、農村における食糧自給法の発達や穀物の多様化を考察した「日本人と食べ物」、気候や植生に順応し日本独自に発達した農具、建築、生活様式を描いた「暮らしと形と美」。農村の伝承を聞き取り、考古学的成果を丹念に追って組み立てられた三編の話は暮らしの基礎が先人の工夫の上にあることを教えてくれる。

民衆の歴史は文章ではなく、僅かな足跡としてしか残らない。そうした断片の接着剤として、想像の力は必須である。論の正否は研究の進展に負うべきだが、宮本氏の現場にとけ込んだ考察の鋭敏さ、柔らかさは読むものを刺激する。同時に、「食べる」「住む」といった基本的な生活の大事さや苦労、工夫を噛みしめることは、自己が肥大し、形而上の欲求に飛びつきがちな現代人に自分たちが成立する基礎をきちんと教えてくれると思う。

評価:★★★  (★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)
寸評:人間の知恵を思い知らされる。生き抜く知恵について考え直さざるを得ません。
参考リンク: amazon: 宮本常一「塩の道」