Tuesday, November 29, 2011

日々|秋の畑7 収穫

日中にノコノコ出向く自分はその現場を見ることもないが、畑に霜が降りたとのこと。

秋ジャガイモ、白菜、キャベツ、ネギ、たけのこ芋を収穫する。一方で、殲滅してしまった枝豆を片付け、育ちの悪いほうれん草と種が2つしか発芽しなかった大根を眺めてどうしたものかと首を捻る。自分の休みの都合に合わせた農業が難しいことを悟る。

そろそろ来年のための土づくりと連作を避けるための栽培種の転換を考えなければならない。

で、とれたものは当然消費しきれないので配りまくるしかないのだが。。

Thursday, November 24, 2011

書評|NHK取材班『朽ちていった命-被曝治療83日間の記録』 2006 新潮社

1999年9月、茨城県東海村の核燃料加工施設で、核燃料の臨界事故が発生。当時、ウラン燃料の濾過・沈殿工程で作業をしていた37歳の大内氏と同僚の篠原氏はチェレンコフ光と呼ばれる青い光とともに、20 Svもの放射線を浴びる。一般人が浴びても問題ないレベルの2万倍、死亡率100%の線量であった。

本書は2001年に放映されたNHKスペシャル「被曝治療83日間の記録~東海村臨界事故」の取材記録を基に、被曝した大内氏と治療を行った医師団の83日間を記録している。

大量被曝した瞬間、放射線を浴びた細胞の染色体は瞬時に破壊され、血液、皮膚、臓器などで新しい細胞が作られなくなる。被爆直後は全く問題ないような身体が、溶けていくように機能しなくなり死に至る。医師団は医療技術の全てを投じて前例のない「治療」を行うが、若干の延命という結果を得られるに過ぎなかった。本書ではこうした医学的記録のほか、大内氏やその家族、医師、看護師などの心の葛藤も同時に描写されている。

業務上の事故で亡くなる人々が多々いる中で、なぜ被曝事故がこれだけ取り上げられるのか。分かったのは、放射線が見えない上に広範に被害を及ぼす脅威であり、治療の前例も方法も少ないということである。本書は「100%死亡という結果だけが分かっているけれども、その過程は良く分からない」そんな極限の状況を伝える一冊だ。

評価:★★★ (★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)
寸評:放射能を理解するうえでも必読の書
参考リンク: amazon: 朽ちていった命―被曝治療83日間の記録 (新潮文庫)

Wednesday, November 23, 2011

日々|Nintendo 3DSを買う

Nintendo 3DSとマリオ3Dを買う。


もっと快適に3D画面を見ることができればなぁとぼやきつつ、ARなどはカードゲームでもきちんと作れば子供はよろこびそう。

そんなことより、ゲームやって「すごく楽しい」と素直に思える年齢ではなくなったなと、ごく当たり前に感じたことが一番の収穫か・・・。

気付けよ自分。

Tuesday, November 22, 2011

日々|過去に伸びる意欲

少し昔なら、オヤジが会社人間となり経済を運営していたと言って良かった。しかし、そのような時代でも需要は「女性」や「若者」側にあり、オヤジ自身ではなかった。
オヤジ達が「欲望」として発見するフロンティアは、「オヤジになった現在」ではなく、「オヤジになる前の過去」にしかないのです。  (橋本治 『乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない』 2005 集英社)
ある年配の方から事業の青写真を聞いた。確かに、その方の能力ならば比較的大きな事業になる気がした。しかし、不思議と魅力を感じない。なぜかを考えた結果、橋本治の一説に行き当たった。 その方の意欲は過去に向かって伸びている。確かに成功するだろうが、昔かけたレコードをもう一度きれいにかけようとするような、そんな意欲だとわかった。そして、過去築いたような社会との関係性を求めているのであって、未来では無いのかもしれないように思えた。

Monday, November 21, 2011

引用|三木成夫『胎児の世界~人類の生命記憶』 1983 中公新書


おそるおそるキリをもんで、そこに二つ穴をあけて、その一方にストローを差し込んで、わたくしは夢遊病者のように、中の液体を吸ってみたのです。
「なんだこりゃあ」それは拍子抜けともいうべきか、まるで他人の味ではありませんでした。むしろ、懐かしい味とでもいった、そんな味でした。そして次の瞬間-
「いったい、おれの祖先は・・・・・・ポリネシアか・・・・・・」
ポリネシアなんですか・・・先生・・・・・((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル。 いや、もの凄く当たり本っぽい予感の比較形態学の新書。

三木氏がふとした拍子に椰子を飲むことになった時の体験から、生命の記憶が身体に宿っていることを伝えるこの文章。あまりに文学的であり、ただ語っているだけなのに映像を見せられているような錯覚に陥る。東大医学部での大人気講義だったそうで、白熱教室どころの話ではないなぁと思った次第。

参考リンク: amazon: 胎児の世界―人類の生命記憶 (中公新書 (691))

Thursday, November 17, 2011

引用|楠木新『人事部は見ている』日本経済新聞社 2011


優良企業は、顧客や消費者に対して良き商品・サービスを提供できるから経営も社員の雇用も安定しているのであって、社員の雇用を守ろうとしたから優良企業になったわけではない。
雇用リスクを企業の内側だけに抱えて、その配分をどうするかを検討するよりも、社会に幅広く転職、転身や起業の機会を提供する方が会社、個人とも選択肢が増える。(P165-166)

社会に出て驚いたのは「組織が第一」と発想する人が多いことだった。組織維持のために良き商品・サービスを提供するのか、良き商品・サービスを提供するために組織を作るのか。二者択一ではないが、目的が倒錯するとどうしても「良き商品・サービス」ではなく「組織維持」の都合が優先されてしまう。そんな危うさを感じ続けている。

また、正社員の雇用保障のために、あまりに多くの人材の雇用が不安定化している。長期的な成長が望める経済でないと長期で人を雇うことのメリットを発揮できない。一組織で雇用の安定を図るのではなく、社会の中で働く機会をたくさん作るほうが現状ではメリットが大きいし、そうでなければ変化と競争の時代を乗りきれない。

参考リンク: amazon: 人事部は見ている。 (日経プレミアシリーズ)

Monday, November 14, 2011

日々|秋の畑6 マッチョ化の野望

藁を拾い、束ね、積む修行。
日曜日の畑の概況。キャベツ復調、白菜まぁ順調、ジャガイモ順調、ほうれん草残存率4割、大根ほぼ全滅、秋蒔き枝豆死亡確認。ゲスト草花(人はそれを雑草と呼ぶ)少なめ。

点呼よろしく畑を確認後、苦力の続き。ひたすらわらをかき集め、ゴムで縛り、車に積み込む。

なんかオラ、ポコンと出た腹を凹ませられる気がする。春までにはマッチョになるぞ。

Sunday, November 13, 2011

論評|仕事と人の値段2

なるほどと思いました。
■「成果」という問題

成果主義では経営目標を個々人の目標まで落とし込み、各人の目標達成の「成果」を見る目標管理制度が鍵となる。城氏はその前提を以下のとおりまとめている。

・目標が数値目標化できる
・目標のハードルが同じ高さ
・常に目標が現状にマッチしている
・評価の際、達成度だけで絶対評価が可能

この前提ではチーム活動や過程重視の仕事では目標レベルの設定とその成果の認定が難しく、評価の公正性を担保するのことが難しい。もし管理職が従業員に対して「目標」の妥当性、「成果」の評価理由が明確に答えられないのならば、「あやふやな成果」によって処遇を決められる職場は混迷を深めていく。

■「役割」で処遇する役割業績主義

経験年数が増えるにつれ能力が上がり給与も上昇していくことを良しとする年功的な職能資格制度を「人の属性(学歴や経験年数など)」に値段をつける制度とすると、成果主義は「成果」に値段をつける制度であった。このどちらにも問題があるため、元井弘『役割業績主義人事システム』では「役割」に値段をつける人事処遇制度を提案している。

求めたい結果に対して仕事があり、仕事を成すために役割があり、役割を成し遂げるために人を充てる。人は役割に対する目標達成責任があり、役割の重さと目標達成度に応じて処遇が決定される。業績役割主義は経験年数や成果ではなく仕事を成すための「役割」に焦点を当て、同一の役割を果たしているのなら同一の処遇を行う。役割を果たしているかを評価することで、「成果」は重要だが評価の一要素とし、より広範な評価軸を取り込もうとするところにこの仕組みのポイントがある。役割業績主義は「緩やかな成果主義(元井氏は農耕型成果主義としている)」と言える。

■欧米型の職務主義との違い

一見、指定された職務(ポスト)に対して処遇を決定する職務主義に似ているが、「役割」とすることで日本型組織の特性を織り込もうとしている。例えば「書類を整理する」は職務定義だが、「部員が情報を探しやすくする」は役割であり、後者が抽象的で目的に焦点を合わせている。職務をブロックのように積み上げ成果を作る欧米型の組織ではなく、個々人の柔軟なフォローによって成果を作る日本型の組織の違いを意図しているものである。また、評価についても「役割」が果たせているか否かのため考課がつけやすい利点もある。

(つづく)

元井弘『役割業績主義人事システム』 生産性出版 2009

評価:☆☆☆ ※専門書 内容自体は★★★
(★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)

Saturday, November 12, 2011

日々|オリンパスという日本

オリンパスの粉飾決算の問題を眺めてきた。ニッチ市場で独占的シェアを持ち、高齢サラリーマン経営陣がおり、バブル崩壊時の損失処理で失敗した。日本そのものである。

事業は儲かっているが、負債を入れると資本を毀損して買収されるか倒産となる。長年勤めてきたサラリーマン役員はお家存続のために世間を欺いて負債処理を行う。事実が露見した段階で主君に申し訳が立たないと実行者が腹でも切れば歌舞伎が作れる。

社長は「世間に迷惑をかけた」と謝しながら、「(負債は隠したが)事業価値は毀損していない」と発表した。しかし、投資家は粉飾決算という詐欺的方法で損失を被った訳で、迷惑どころか企業犯罪である。また、事業価値の問題ではなく粉飾決算に対する責任と懲罰が問題とされている。社長の発言はズレている上、渦中の旧経営陣も取締役に残り続けている。

それでも日本の新聞は上場廃止には慎重であり、国内の機関投資家と持合い企業を中心とする株主は説明を求める程度で、粛々と損切りされるか、義理で持合いが維持されている。文字通りオリンパスは「この度はご迷惑をお掛け」しているのである。

欧米の投資家が言う「市場ルール」が優れているとは思わないが、行為-責任の関係が限りなく曖昧であり、国内の生保を始めとした大株主やメディアといった「古い組織」もなんとなく状況を追認していく。その煮え切らない状態こそ、失われた~年(まだまだ続くから「~」)の呪縛そのものではないかと感じる。

Sunday, November 6, 2011

日々|秋の畑5 苦力

朝7時半に自宅を出立し、畑に10時着。

本日のミッションは田んぼの稲藁をひたすら拾い集めて束にする作業とカットした丸太をひたすら車に積み込む作業。要するに苦力(クーリー)要員である。実際は雨で作業中断もあり、畑の師匠と話しながら酒を飲んで終わったような気がする。

さて、今回写真がない。iPhone胸ポケットで殉死事件の教訓を生かして携帯は外に出さなかったからだ。畑の写真を取ろうと胸ポケットにiPhoneを入れておき数時間。引き出すとコネクタ部から水が吹き出し、電源を入れるとピーガー・・ブツッと音がしてカラクリの中身と私の財布がはじけた。雨の日の痛い思ひで。

Friday, November 4, 2011

論評|仕事と人の値段1

内容は平易です。
■仕事と給料が保証される制度の崩壊

組織は人を評価はするが待遇で大きな差をつけない。若い時分は働きに対して薄給だけど、勤続が長くなるにつれ給与が上昇する。組織と人間の関係は比較的円滑で、損得の多少を別として人は与えられた役割を引き受けた。ある人はそれを社畜と名付けたが、生活する側にとってもそれなりに魅力的な制度であった。

以上は日本の多くの組織で見られる年功的人事処遇体系の特徴である。しかし、制度持続の前提は組織の継続的な成長と拡大であり、1990年代後半には多く企業においてその前提は潰えていた。

■成果主義という必要

城繁幸『日本型「成果主義」の可能性』は、ポスト成長時代の人事制度を考える一冊だ。筆者は成果主義をいち早く取り入れた富士通の人事担当者を務め、著書『内側から見た富士通』で180度とも言える制度的転換とその失敗を分析している。しかし、年功的人事制度の前提が崩れる中、過剰人員と過剰処遇を適正化し、年齢(職能)ではなく成果を生み出す力を機軸として人材活用を図りたいという意図が成果主義導入の裏にあることは間違いない。富士通の失敗は転換期の模索の一つに過ぎないのである。

(つづく)

城繁幸『日本型「成果主義」の可能性』 東洋経済新報社 2005

評価:★★☆
(★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)

Thursday, November 3, 2011

引用|P.F. ドラッカー著 上田惇生訳 『マネジメント~課題、責任、実践 上巻』 ダイヤモンド社

社会学も勉強しているドラッカー氏
働く者には移動の自由がなければならない。適所ならざる所にいる者は他所へ移ることができなければならない。衰退する企業や衰退する産業から、発展する企業や発展する産業へ、少なくとも生き残ることのできる企業や産業へ動くことができなければならない。(P330)

今も大きな問題である。雇用者の7割が働く中小企業は元より労働力の移動性が高いと言われている。移動性が特に低いのは残り3割である高学歴の大企業勤めである。同じ会社内で適材適所の人員配置は極めて難しい現状で、人材の宝庫ではなく人材を活用できずに腐らせる人材の倉庫になってしまえば、組織にも社会にもいいことはない。

参考リンク: amazon: ドラッカー名著集13 マネジメント[上]―課題、責任、実践

Wednesday, November 2, 2011

日々|仕事と人

『日本型「成果主義」の可能性』、『役割業績主義人事システム』、『人事部は見ている』etc・・・。古い本を書棚から引っ張り出したり、本屋やネットで物色したり。

職に就く前までは、学者の世界より企業などの組織体の方が利益だの顧客満足だのと目標が明確なのだから、組織も人も合理的に機能しているのだろうと素朴に考えていた。時間がたって、企業と言えども情実も惰性も働くし、市場の評価が芳しくなくても自己規律など望むべくもない状況すらあることもわかった。要するに人間が集まれば混沌なのである。

ではなぜ人事処遇なのか。人事処遇制度を見ればどのような人を企業が評価するようになったのかが分かるからである。そして現状を言えば、成熟日本において言われたことを言われたとおりにやる人間の価値が大幅に低下もしくは不要となり、変化に適応して成果を作り込む人間の価値が飛躍的に高まっているということになる。一方で日本の人材は圧倒的に前者であることを考えると、制度を変えて不協和音どころか阿鼻叫喚が聞こえるのは当然と言える。

学生を取り巻く環境は甘くなっているのに、企業を取り巻く環境や人材要件は年々ハードになっている不幸。社会に出たときは喜ばれた当人の能力や性向が、今はもう要らないと言われている状況。

変化、変化、変化とそんなうねりの時代に沈んでいく人はこれから多くなるだろうと思わざるを得ない。

Tuesday, November 1, 2011

日々|秋の畑4 敵性生物

圧倒的存在感
秋の畑は作業が少ない。涼しいから汗もかかない。楽だ。そう思いながら、目の前には結球寸前で青虫に蹂躙されたキャベツが一つ。青虫に宣戦布告を丁重に行い正式に敵性生物と認定する。殲滅しなければキャベツを防衛することは能わず。しかし葉にも土にも敵はいない。

よもやと思い先行き厳しそうなキャベツ一つをズバリと切った。青虫2が暖かい葉の奥で休憩中であった。早朝など時間帯を決めて外側の葉を食べ、食事が済むと暖かいキャベツの奥へ戻るストラテジー。師匠に聞くと、虫がついたときは朝に取るとの由。何はともあれ遭遇した敵性生物を捕獲しシベリアと名付けた溜池に放り込む。

そんな戦闘もさっさと終わりやることもさほど無いので、今一度師匠の畑へ行く。白菜、キャベツ作りにおける圧倒的な実力差どころかプレッシャーさえ感じる。そんな衝撃を感じたときにはあなたならどうしますか? 私なら「ええい! 連邦のモビルスーツは化け物かっ!」とつぶやく。つぶやくだけで何も解決しないが。