冬至も過ぎたので畑仕事も「冬」に移行する。
霜が降りるので作物栽培はほぼ終わりで、鎌やハサミの錆を落とす道具の手入れと春に向けた土づくりの準備をする。
土から作物として取り出した養分を土に返すのが土づくり。具体的には落ち葉を拾い集め畑に埋める作業である。春先には腐葉土化してふかふかした土になることだろう。自然の循環を手助けするのが手入れで、その行いが人間だけでなく多くの生き物を生かす。
冬の畑仕事は土の準備をすればほぼ終わり。
Saturday, December 31, 2011
Sunday, December 25, 2011
日々|秋の畑9 振り返り
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| 噂の物体X |
たけのこ芋。
最初の収穫時、自分自身が「たけのこ芋」のなんぞやも知らずに種芋を植えてしまったため、掘り起こしてもどこが芋かわからない。師匠のお上さんに聞くと、茎と一体化した土中の部分が芋というトリッキーな代物だったことが発覚。京芋、海老芋と呼ばれる高級食材がこんないい加減な栽培で育つのだから、よほど土壌が良いのだろう。
さて、畑の一年を振り返りしみじみ思うのは、野菜嫌いな自分がなぜ野菜を作っているのかという一大矛盾である。自らナスを育てて手ずから収穫し、ナスが食卓に上ると「俺はナスは大の苦手である」と苦悶の表情をする自分。今頃そんなことを言うな馬鹿っ! と言われそうだが、嫁・親・親戚など身内の中でも今年一番の謎として扱われている。
実は自分はMではないのかという自問を胸に秘めながら、冬の土づくりを準備をしている。
【コメントお礼】
応援してます! >フェルディナント・ヤマグチ(本人)様
書評|フェルディナント・ヤマグチ『英語だけではダメなのよ。』日経BP社 2011
Wednesday, December 21, 2011
引用|「間接部門の業務改善事例」 労政時報 3811号 2011.12
廃止できないか。減らせないか。替えられないか。
事務所仕事と役人は放おっておくと膨れ上がるものである。
人間は目に見えないモノにやたらめっぽう弱い。工場であれば無意味な工程など文字通り見れば分かる。しかし、事務所仕事は工程表に書き出すなどの「見える化」を行わない限りは、無駄な作業を示すのは難しい。挙句の果てに、無駄でも頑張っていると勘違いまでする。
事務所仕事も人任せ、自分任せにせず、定期的に事務所仕事の工程管理と改善をしっかりやることが肝要とさっそく仕事に役立てる次第。
Tuesday, December 20, 2011
書評|フェルディナント・ヤマグチ『英語だけではダメなのよ。』日経BP社 2011
魅力的かつ論理明晰で情熱的なCVEの話は、高い目標に向けて人をまとめ上げるための格好の教科書だ。また、冒頭に加えられたゴーン氏のインタビューでは、「そのような人が責任者に選ばれている」その事実自体がゴーン氏の適切な人材を選び、高い目標と成果責任を与え、プロジェクトの全てを任せる経営手法の賜物であることが分かる。
高い目標に挑戦している人であれば、断然面白く、元気の出る一冊だ。
評価:★★☆ (★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)
寸評:読み物として軽快で明快。日産の元気が分かる。
参考リンク: amazon: 英語だけではダメなのよ。 結果を出す!NISSANのグローバル仕事術
Sunday, December 11, 2011
日々|秋の畑8 別荘
まき割りの手伝いのつもりで畑へ出たが、今日は師匠筋の友人の山荘を見るとのこと。
建設屋の社長と言うより、大工の棟梁と言うべき御仁は、ミカン畑の広がる斜面に手作りの山荘を持っている。建設廃材を利用して10年間、休日を利用して少しずつ建てたそうだ。手作りと言ってもプロが自分のために拵えるのだから、出来は普通の家よりはるかに良い。
この土地のご老侯達は、こうした趣味を「遊び」とか「いたずら」と言う。例えば「ちょっといたずらしてピザ窯を作った」と言って、普通の料理屋にあるピザ窯ができてしまったりする。発想の伸びやかさ、行動の大きさは、風土がなせる技なのかもしれない。
建設屋の社長と言うより、大工の棟梁と言うべき御仁は、ミカン畑の広がる斜面に手作りの山荘を持っている。建設廃材を利用して10年間、休日を利用して少しずつ建てたそうだ。手作りと言ってもプロが自分のために拵えるのだから、出来は普通の家よりはるかに良い。
この土地のご老侯達は、こうした趣味を「遊び」とか「いたずら」と言う。例えば「ちょっといたずらしてピザ窯を作った」と言って、普通の料理屋にあるピザ窯ができてしまったりする。発想の伸びやかさ、行動の大きさは、風土がなせる技なのかもしれない。
Monday, December 5, 2011
引用|Richard Kats, "Trouble on the Home Front", Foreign Affairs, 11-12 2011
As economic mature, manufacturing jobs sooner or later shrink and this happens with or without globalization. This pattern holds true across a spectrum of rich countries, including those with significant trade surpluses. Even in Germany, where, according to Spence, the government protected factory jobs from international competition, such jobs fell by 27 percent between 1990 and 2008. During the same period, factory jobs fell by 26 percent in Japan, 24 percent in France, and 24 percent in the United States (although U.S. manufacturing output grew by 74 percent).
Richard Kats, “Trouble on the Home Front”, Foreign Affairs, 11-12 2011
グローバリゼーションがあろうがなかろうが、裕福な国では製造業の雇用は減るのだとKatsは言う。また、この記事では米国の格差拡大の原因は必ずしもグローバリゼーションではないと述べている。
さて、日本の多くの工場が省人化・無人化を目指して自動機械を入れる中で、人々の雇用は増えるはずもなく、仕事はあっても熟練の必要性が薄い作業のため賃金は上がらない(その上海外に比べると高い)。そして突き詰めれば熟練の必要性が薄いのなら、労賃の安い海外へ行って機械を置けば良いことになる。製造業の雇用は構造的に減らざるを得ないし、日本の製造業の雇用に安定した未来があるかと言えば、現在のやり方では多くの場所でNoと言わざるを得ない。
ではどこに雇用が生まれるのか。こればかりは各々が自身に「これからの産業とは何か」を問うて知恵を絞り、挑戦することしかないと思う。どこかに発展モデルがあるかと言えばそれはなく、付加価値の源泉を考えて各々がやってみるしかないからだ。その積み重ねが、結果的に回答となる。
そんな時代の模様を感じる。
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