Wednesday, August 21, 2013

日々|初心に帰ると熱中症になる

セミファイナル継続中。。

夏休み、ふと初心に帰ろうと思いまして。

ちなみに初心っていうと、どこに戻りますかね。

例えば、社会人になった時とか。


極端な人だと前世とか。


前世とか言い出したら、さらにその前世とかになって、ややこしい話になりますね。



「今はこんな調子だし、前世に至ってはダニをやっていて牛のしっぽに叩かれて死んだけれども、さらにその前世では実はメソポタミアの都市国家の王族で・・・」とか言われても、困ります。


前世はよしておこうと思いました。

まぁ、初心の初は生を受けた時かと。

なんにも考えてない状態。

そうか、そもそもなんにも考えてなかったんだ。


だから、好きにしたらいいじゃん。


夏休みは鉄道貨車の突放を見に行けばいいじゃん。

カメラぶら下げて小島新田から歩けばいいじゃん。

川崎貨物駅は広いじゃん。

石油タンク列車は熱いじゃん。

それでいいじゃん。

初心に戻って、貨物駅周辺を歩いたら熱中症で死にそうになりました。

たしかに熱い。

Tuesday, August 20, 2013

日々|集まるあいつ

大涌谷で裏ルートを発見するに至る図 混んでいても安心。
我が家にセミが集まりつつありまして。

毎日1匹づつ玄関前でファイナルしていきます。

昨日に至っては、窓を開けた瞬間に部屋に乱入してきました。

お隣の玄関前を見る限り、我が家だけの現象のようです。

要するにあれですよ。


炎上。セミ界で。


冷蔵庫の人とか、アイスケースの人とか、とやかくいう資格は私にはありません。

とりあえず、セミ様を近くの草むらに弔ってきます。

深く、深くお詫び申し上げます。

Monday, August 12, 2013

日々|落ちているあいつ


道行けば、蝉がポツポツ落ちています。

仰臥し、その腹を虚空に向けています。

「わが人生に一片の悔いなし」とは、蝉にこそふさわしい科白。

中には、車につぶされた者や二つにちぎれた者もありました。

これがラジオで聞いたあの内容だったかと思うと、諸行無常を感じざるを得ません。


セミファイナル。


おつかれさまでした。


ただし、玄関前でファイナルするのだけは、勘弁していただきたい。踏んでしまいました。

Thursday, August 8, 2013

日々|のんびり星

渋谷の駅そばやに本を置いてきてしまいました。


翌日、取りに行ってみたところ、無事保護されていました。


「昨日、本の忘れものありませんでしたか?」

『ああ、ありましたよ。大前タカシの(大声)』

「大前研一です(キリッ)」


やや恥ずかしい会話をしながら、無事本は返ってきました。


どうせ置いていくなら、通勤時に読んでいる堀田善衛『方丈記私説』の方がよかった・・・。


さて、大前氏の『企業参謀ノート(入門編)』はコンパクトにまとまっており、大船に着く前に読み終わりました・・・。経営戦略のイロハのイがざっと眺められる上に、大前氏の断定調の語り口が肩こりを取ってくれます。

断定を一先ず受け入れると、余計なことを考えなくてよいので読み手もスカッとします。炭酸飲料のようなものです。飲み終わって、「はて・・・」となったら自分の頭で考えれば良いのです。まぁ、スカッと爽快なのですが、無分別に飲みすぎると思考の骨が溶けるような気もします。


さて、私めの中で、大前研一氏とドクター中松氏が長らくごっちゃになっており、最近ようやく単離されました。。そういえば、落合信彦氏とフュージョンしていた時期もありました。ちなみに、落合氏はネタと真実の境界がどんどん溶けていく「落合信彦伝説」を聴くに至り、だいぶ以前に単離されています。

Saturday, August 3, 2013

日々|歴史あり

頭から湯気がでる
駅に行くと浴衣のお兄さん、お姉さんが沢山歩いています。
浴衣というと、20代の酸っぱい思い出がいくつかフラッシュバックいたします。


目をつむって、天を仰ぎ見て心の中で謝りました。


さて、最近早朝の夢に新しいパターンが加わりました。


ちなみに、良くあるパターンはこれ。


大学を出たはずが、実は高校を卒業していないことが分かり、もう一度高校生をやり直す。しかし、授業をほとんどさぼり体育(数学や国語の時もある)の出席日数が卒業要件に届いていない。焦りながらも思案する自分・・・といったもの。


そして、新パターンはこれ。


大学5年目の夏、取れているはずの2単位が取れておらず、卒業がさらに遠のき焦る。


「学校シリーズ」に新作かよっ! と、ガバリと起きてツッコミを入れました。


・ ・ ・ ・ ・


さて、枕はこの辺で。〓 淵弘 『朝鮮人特攻隊』を読了。


頭の中で、近現代韓国政治の見取り図が少しずつできてきました。箇条書きにするとこう。

  • 韓国政治には民族主義(反米・反日)の強い流れがある
  • 同政治には日本統治時代の朝鮮人エリート軍人や官僚による中道的流れがある(あった)
  • 上記2つの流れの政治闘争から、「歴史」が糾弾の道具となりやすい
  • 中道的流れは日本統治時代経験者が鬼籍に入り細っている

これで、今まで読んだ韓国本の内容が頭の中でつながりました。


民族主義的な流れの話を例に取ってみます。


盧泰愚大統領の時代に「親日法」ができました。これは、日本統治時代に日本に協力して利益を得た人を断罪する法律です。


本書によれば、ターゲットは盧泰愚氏の政敵であるハンナラ党 党首 朴槿惠氏。父親の朴正煕元大統領が日本統治下の満州の軍人ですから、遡及的に罪人にすれば朴槿惠氏にダメージを与えられます。


ただ、問題がありました。


日本統治時代には朝鮮人を主体とする国家は存在しないので、多かれ少なかれ韓国の方々の親は統治していた日本に関係しているわけです。例えば、出世しよう思えば官吏の道に行きました。また、民族的な力をつけるためにエリート軍人を目指した人も沢山いたわけです。


そのため、盧泰愚氏の側近の親もこの法律に引っ掛かることが分かり、数人辞任していきました。いわゆる「返り血を浴びる」という話です。


一例として挙げましたが、韓国にはこのような政治的状況が今も激しく続いています。


ですから、「朝鮮人特攻隊」の歴史は、隘路というべき状態にはまり込んでしまいました。政治状況によってその評価が極端に左右されるため、弔いもできず、その思いをくみ取る作業も進まなくなったのです。


その欠けたピースをなんとか埋めようと奮闘したのが本書なのだと思います。


日本の戦争の歴史には、政治性を帯びた様々な言葉が今なお戦わされています。その是非には入りませんが、一読者として著者の基本的な姿勢に共感いたします。

歴史観の対立は、今も深まる一方だが、歴史はあくまでも歴史にゆだねるべきではなかろうか。戦争で死んだ人が売国奴の犬死と蔑まれ、生き残った人が英雄になるのだとしたら、いずれの歴史解釈も間違っていることになる。
〓 淵弘 『朝鮮人特攻隊』