mixiも男友達しかいなくなった(笑)。しきりにFacebookへ誘われるのだけれども、パソコン通信のHN(ハンドルネーム)文化が叩き込まれている自分は、実名登録によって仮想世界と現実が直接繋がってしまうようで抵抗を覚えてしまう。
実名、ニックネーム、メールアドレス、生年月日辺りでネット上の情報を関連づければ、友人の状況、ネット上の取引、良い話も悪い話も大抵のものは結びついてしまう。しかも他者がその情報を利用できる。それ自体の良し悪しは人によりけりだが。
そんな理屈をつけて天邪鬼を決め込んでいるが、携帯が故障している期間に読書が矢鱈と進んだので、余計なことをもう増やしたくないということなのかもしれない。
Saturday, October 29, 2011
Friday, October 28, 2011
書評|成毛眞 『日本人の9割に英語は要らない』 祥伝社 2011
文化や思考は言語に大きく規定される。そして日本には他民族の言語を一度日本語に置き換えて考える文化的特性がある。この置き換える過程で自社会の文化的文脈に外来の思考を織り込む。文化と思考を他民族に従属させない知恵である。
そんな背景も理解せず、殆ど使わない英語を多くの人々が学ぼうとするのも日本企業で英語を公用語にするのも滑稽であり、英語圏に住む人なら阿呆でも流暢な英語を喋るのに発達上のリスクを負ってまで早期英語教育に取り組む親は正気の沙汰ではないと感じるのは当然であると思う。そんな真っ当な危惧をアメリカ企業で重責を務めた成毛氏が言う所に本書の価値がある。その一方で「みんなで」英語という志向には日本的平等志向が見え隠れしているのではなかろうかと本書を読んで感じた。
さて、裏の見所は第五章「英会話を習うより本を読め」である。読書家 成毛節が発揮されたおり、自分にはないセレクションと軽快な書評に惹かれていくつか注文してしまった。
評価:★★☆ (★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)
寸評:英語が必要ではないということがよく分りながら、英語をやりたくなる本。
参考リンク: amazon: 日本人の9割に英語はいらない
Wednesday, October 26, 2011
引用|陶淵明 著 松枝茂夫・和田武司訳 『陶淵明全集(上)(下)』 岩波書店 1990
互いの幼少を知っており、「今」より「過去」の人間が目の前に座っているような錯覚を起こす。
だからこそ少しでも暖かい場所で話をしたい。
こうなると陶淵明の「歳月人を待たず」しかないのである。
人生無根蒂 飄如陌上塵実家に書籍を置いてきたものだから適当に訳しては見たが、一番いいものはたぶん漫画『栄光無き天才たち』で書かれた川島雄三訳ではかろうか。詳しくは漫画を参照されたい。
分散逐風轉 此已非常身
落地爲兄弟 何必骨肉親
得歡當作樂 斗酒聚比鄰
盛年不重來 一日難再晨
及時當勉勵 歳月不待人
人生は根もヘタもない 路上に漂う塵のようなものだ
風に漂い散り散りになるように 自分の身も常に同じくあるわけではない
この世に生まれればみな兄弟 骨肉の間柄だけではないだろう
嬉しい時は楽しもう 友達を集めて飲もうじゃないか
盛りの時は二度と来ない 一日に二度の朝はないように
その時々を楽しもう 歳月は人を待ってくれないのだから
この詩の一番好きなところは「斗酒聚比鄰」 (トシュヒリンヲアツメヨ)である。 一期一会を大事にして、どんな一瞬でも楽しく生きようとするやわらかい強さを感じる。
いいお酒を飲むことができた記念。
Monday, October 24, 2011
書評|須藤彰 『自衛隊救援活動日誌』 扶桑社 2011
東日本大震災で救援活動の中心となった自衛隊。その指揮の中心を担った東北方面総監部政策補佐官の現場日誌は被災地や自衛隊の救援活動の厳しい現実を暖かい文体と明晰な分析で伝えている。「ここは昨年、娘と一緒に東松島市の牡蠣祭に参加した際に歩いたころです。(中略)以前に来たことがなければ、最初から海であったと勘違いしてしまいそうです。涙の代わりに、ここでは身体が震えてきました。」(まえがき)
著者は現役の防衛官僚で、現場での部隊の活動状況や被災地の現実を子細に把握し、現場と本省との円滑な意思疎通を支援する役割を担っている。本書は軟らかい文体ながら救援活動や被災者の「本当の」状況、支援の在り方、災害時の行政活動の運営方法について分析を加えており、災害時の現場理解や対処のコツを学ぶ貴重な資料となっている。
悲惨な現場に置いても自らの状況をコミカルに表現できるのは、希望を持って働く者の強さではなかろうか。救援活動の成否は後の評価に委ねられるとしても、自衛隊が現状でできることを全力で行ったことは本書から良く伝わった。
評価:★★★
(★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)
評価:★★★
(★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)
Sunday, October 23, 2011
日々|秋の畑3 追肥
今日は師匠の畑で白菜を観察。葉が重なることなく丁度良い間隔で植わっている。生育も良い上、速度も揃っている。我が畑の白菜は生育具合がばらばらで、株の間隔も狭く葉がひしめき合っている愚連隊の如き惨状。彼我の実力差を知る。
畑全体の戦況も思わしくない。秋植え枝豆は生育停止。日照と肥料を与えすぎが問題だと考えている。虫よけをかけたキャベツも虫食いが発生したため対処する。大根はほとんど発芽していない。前シーズンの教訓が活きたジャガイモとホウレンソウが順調なくらいか救いである。
作業的には楽ば秋シーズン。一方で農業技術の低さを思い知る苦い季節となった。
Saturday, October 22, 2011
書評|養老孟子・玄侑宗久 『脳と魂』 筑摩書房 2007
解剖学者の養老孟子と僧侶の玄侑宗久。科学と仏教の二つの側面から「からだ」を語ることで豊かな対談となっている。
観念と身体、都市と自然、世間と個人、脳と魂。目次は脳が作り出す「ああすればこうなる」式の世界観と多様な要素が複雑に影響しあい予想を超えた変化と現象を生みだす「生きるシステム」の対比となっている。
本書の面白さは、科学的世界観が説明しづらい世の中の曖昧さを、仏教や日本人の伝統的価値観がきちんと把握していることが分かることだ。例えばカオス理論であれば、養老氏は以下のように答えている。
「仏教世界ではカオスが当たり前なんです。(中略)ただ、西洋人は論理的に細かいところを全部詰めていって、終点の所でカオスを発見する。(中略)ところが、日本人は「当たり前じゃないか」って言って、一切手続きは踏まない。」
風が吹けば桶屋が儲かり、縁起があるから適切な人や物に出会い、山の豊かさは河川や流域だけでなく海の豊かも保障する。これをごく当たり前ことだと改めて認めることで、随分世界の理解が豊かになる。
対談形式のため一つ一つの話が深くなるわけではないが、養老氏の稀代の知性と玄侑氏の仏教と哲学的素養が絡み合う「禅問答」は世の中の見方を教えてくれる。
評価:★★★
(★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)
評価:★★★
(★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)
日々|真贋を考えるコスト ~micro SDHC 偽物を見分ける
![]() | |
| 右上の6の記号が「クラス6」を表す |
- Kingson社のラインナップにないはずのクラス6規格のカードであった。
- パッケージの整理番号が主に2Gか4Gの容量に割り当てられている番号であった。
結局、偽物とは断定できないがその疑いが強いため落札を辞退させてもらった。友人にそのような話をすると壊れたSanDisk 16G micro SDHCカードを譲り受けた。これもクラス6。同じ要領で調べるとSanDiskにクラス6規格の同製品はなかった。
精巧な偽物だが、なぜここだけはメーカーのラインナップにないクラス6なのか。
SDカードの「クラス」はデータの転送速度を表すため、クラスが上がるほど性能が良いと言える。32Gや16GのmicroSDカードでは主流がクラス4のため、有名メーカーのクラス6カードが格安という触れ込みならば店頭で有利に捌ける。買う人はメーカーのラインナップを知らないのだから、素早く捌いて儲る目的に適っている。偽物としての筋は通っているのである。
SDカードの「クラス」はデータの転送速度を表すため、クラスが上がるほど性能が良いと言える。32Gや16GのmicroSDカードでは主流がクラス4のため、有名メーカーのクラス6カードが格安という触れ込みならば店頭で有利に捌ける。買う人はメーカーのラインナップを知らないのだから、素早く捌いて儲る目的に適っている。偽物としての筋は通っているのである。
・・・と感心してみたが、買い手や売り手の真贋の判定にかける時間や不愉快さを考えると、偽物が横行する社会の取引コストは高いと言わざるを得ない。
Tuesday, October 18, 2011
引用|P.F. ドラッカー著 上田惇生訳 『マネジメント~課題、責任、実践 中巻』 ダイヤモンド社
仕事と組織の複雑さと大義の関係に頭を打たれる自分。
システム型組織が必要とする目標とは、例えば「一九七〇年までに月へ人を送る」ことである。「日本を経済大国にする」ことであってもよい。今日グローバル企業の多くが抱え込んでいる問題が、いまだにそのような目標を明らかにできないことである。(P310)これはこのままジョブズがペプシの社長だったジョン・スカリーを誘う時にへ問いかけた内容に通じる。
このまま一生、砂糖水を売りつづけるのか、それとも世界を変えるチャンスをつかみたいか。別に言うならば「世界中でビールや石鹸を売りたいか?」「明日も明後日も上司と部下の文句を聞いて、成果に関係ないいざこざを調整したいか?」 etc・・・ である。
Do you want to sell sugar water for the rest of your life, or do you want to change the world?
仕事や組織が複雑で大変になるほど求心力としての「大義」が必要だ。でも多くの場所で仕事や組織の複雑さをこなすほどの動機付けが欠けている。昔は「家族のため」とか「お国のため」で済んだ話が、豊かさの中ではジョブズほどの口説きがなければ人は奮い立たない。
そんなことを考えた。
Sunday, October 16, 2011
移転開業
・・excite blog時代の記事を移転しました。・・
http://shiget.blogspot.com/
日々を赤裸々に書いたら3日で首になりそうなので、書評を中心としたサイトに衣替え企図する。
指桑罵槐をしようとしているのではないけど。
ただのアフィリエイトサイトだと思っていただいてOK。
というか、誰がこんなの押すのだろうか。
http://shiget.blogspot.com/
日々を赤裸々に書いたら3日で首になりそうなので、書評を中心としたサイトに衣替え企図する。
指桑罵槐をしようとしているのではないけど。
ただのアフィリエイトサイトだと思っていただいてOK。
というか、誰がこんなの押すのだろうか。
書評|出町譲 『清貧と復興』 文藝春秋 2011
本書は明治生まれの経済人である土光敏夫氏の語録を紹介し、自ら「火種」を持って働く人間像を探る。
土光氏は明治生まれの経済人である。臨時行政調査会会長時代に「メザシの土光」としてその清貧さで支持を集め、国鉄や電電公社の民営化に貢献した。土光氏は元々タービン技師として石川島芝浦タービンに入社。戦後の公職追放で首脳陣がパージされると五十歳にして社長に就任し、播磨造船との合併を実現した。現在のIHIである。その後、請われて東芝の再建や経団連会長を勤め、引退しようとした矢先に、他に人がいないことを理由に八十代にして先の調査会会長に就任。行政改革に邁進した。
本書では、公を基準として自分の信じるところを持って行動する人間の強さを学ぶことができる。また、大きな業績と比して非常にシンプルな自己のあり方は、肥大した「私」にまみれた現代において一層の輝きを放っている。 また、本書では経団連時代の土光氏のエネルギー観も集中して紹介されている。もし彼の技術的な見識と先見が生かされていれば、震災での原発事故も最小限に抑えられたのではなかろうかと悔やまれてならない。
引用を中心にまとめられている本書は、土光氏を今に伝えることに成功している。唯一感じた違和感は、著者の「あとがき」である。土光氏の凄さは自らの「火種」を持つにとどまらず、私を少なくし公へと伸びる強烈な意志だ。現代の土光氏と称された経済人は確かに立派ではだが、同時に土光氏や多くの明治人が持った志とは同じではないように思える。
また、尊敬はあっても同等の重みを持つ作家として対象に対峙せず、凄い人の肩に乗って他人を教育しようとするイージーさをこの「あとがき」から感じたのが残念だった。
評価:★★☆
(★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)
日々|秋の畑2 間引き
今日は大根とほうれん草の芽を若干間引き、ジャガイモの追肥をする。間引きにおいては勢いのある芽だけを残し、株と株の間を整える。無慈悲な所業ではあるが、手を入れなければ収穫は寂しいものになる。
この手入れは日本における自然と人間の付き合い方の基本である。生態系の豊かさという意味でも、手付かずの森林と田畑雑木林の山村では後者が勝る。人間の手入れを前提に暮らす動植物も多いのだ。これは取り立てておかしなことではない。人間もまた自然のごく一部であるからだ。
世の中も同じようなもので、多くの人の手入れがなければ人はまともに育たない。アナロジーでなく、簡単な事実である。畑の手入れから学ぶことは畑にとどまらない。
Thursday, October 13, 2011
書評|服部正也 『ルワンダ中央銀行総裁日記』 中央公論社 1972
著者の服部氏は1965年から1971年にかけて、日銀からルワンダ中央銀行へ総裁として赴任した。本書は旧宗主国系官僚と企業による経済支配からの自立を目指した外貨・金融管理と通貨改革や経済計画を通じ、貧困に喘ぐルワンダ経済を立て直す模様を記録している。
本書は人種的偏見ではなく、人間への信頼をベースにしたプロの仕事がどのようなものなのかを教えてくれる。また、徹底した現地の観察と考察を織り込み、中央銀行マン一流のタフネゴシエーションで白人の杜撰な経済支配へ斬り込んでいく政策立案過程も素晴らしい。
では、なぜ旧宗主国にも諦められていたルワンダ経済の立て直しに服部氏は成功したのか。一つの基本となる考え方が、まえがきに要約されていると思う。
「ある評論家は私にルワンダの人口、資源、国民所得、貿易の規模を聞いて、結論としてその国は到底経済的に自立できないと断言した。(中略)資源や国土の広さ等の不利な物理的条件も、人間の努力によって克服しうるということは、日本人ならば誰でも知っているはずである。」
これがただのガンバリズムではないのは、本書を読めば分かると思う。
評価:★★★
(★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)
Monday, October 10, 2011
書評|渡辺惣樹 『日本開国』 草思社 2009
日本へ開国を迫る米国側の目的は、太平洋周りで中国へのシーレーンを作りアジア圏での通商権益を確保するという、一人の弁護士の着想が始まりであったことを著者は解き明かしていく。この着想が人間関係を辿って実行に移され、日本で、中国で、オランダで、多くの人間に影響を与えていく。折しも、米国が東から西へと領土を拡大する西漸運動が頂点に達した時代であった。
米国の国力の源泉がベンチャー魂であることは、この本を読んでも明らかである。一方でその狡猾さも伺える。現在の米国の世界戦略もこの時代と同様に中国が軸であることを考えると、読むべき価値がある本ではなかろうか。また、著者の米国でのビジネス経験が、実時折入る解説に生かされており、ちょっとした異文化コミュニケーションの勉強にもなる。
時と場所を切り取った人物描写を重ねることで全体像を示す手法が成功しているかは判断の別れるところだが、思惑の連鎖が歴史的事実を作る面白みがこの本には生きていると思う。
渡辺惣樹 『日本開国』 草思社 2009
評価:★★☆
(★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)
書評|アンドルー ゴードン 日本の200年~徳川時代から現代まで(上・下) みすず書房 2006
二次史料をベースに一般もしくは大学学部向けに書かれているので論争中の史実等は一瞥もくれていないが、著者が専門にするところの労使関係や労 働運動の部分を手厚くカバーしているので、通史にも拘わらず市井の人々の様子をよくうかがうことができるといった特徴をもつ。また、Imperial democracy という概念を提出したアンドルーらしく、日本の戦前を簡単に全体主義と割り切ることもなく、全体主義的な傾向をもつに至る経緯を丁寧に書き出そうとしてい る姿勢も見どころ。
アンドルー ゴードン, Andrew Gordon 著, 森谷 文昭 訳, 日本の200年~徳川時代から現代まで(上・下) みすず書房 2006
評価:★★☆
(★★★:とても良い ★★☆:良い ★☆☆:普通 ☆☆☆:好きな人向け)
Sunday, October 9, 2011
日々| 秋の畑
毎週、借りている畑で作業をしている。今日はキャベツの防虫、ほうれん草の種まき、じゃがいもの芽かきだ。
キャベツは多くの虫と鳥が好物としているため、恐縮ながら防虫のネットを貼らせていただいた。
ほうれん草は春夏物の多くが収穫時期を逃してトウ立ちしてしまった。今回はその教訓を活かしたい。あわせて、年上の嫁にトウ立ちを強調して報告することで険悪になることのないようにしたい。これも教訓。
山芋の畝の隣では9月に蒔いたじゃがいもの芽が見える。種芋1つにつき4~5本の芽が伸びている。少し大きくなった芽を2本に間引いた。春夏より手をかけるつもりである。
畑は手入れの連続であり、植物の成長力を引き出す営みだと、少し思えるようになった。すると、俄然やる気がでるのである。
キャベツは多くの虫と鳥が好物としているため、恐縮ながら防虫のネットを貼らせていただいた。
ほうれん草は春夏物の多くが収穫時期を逃してトウ立ちしてしまった。今回はその教訓を活かしたい。あわせて、年上の嫁にトウ立ちを強調して報告することで険悪になることのないようにしたい。これも教訓。
山芋の畝の隣では9月に蒔いたじゃがいもの芽が見える。種芋1つにつき4~5本の芽が伸びている。少し大きくなった芽を2本に間引いた。春夏より手をかけるつもりである。
畑は手入れの連続であり、植物の成長力を引き出す営みだと、少し思えるようになった。すると、俄然やる気がでるのである。
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