純粋な「笑い」は、周囲には狂気であり不器用に写ります。当然ながら神谷の「笑い」は世に受け入れられることはありません。しかし、そこに到底届き得ない凄みと正直すぎる人生を見出した徳永は、神谷を師として認めます。
かび臭そうな楽屋に集う漫才師たちの匂い、狭いアパートの洗濯物が散らかった床、いつ開けると分からない将来への不安。実力も、稼ぎも、年齢相応の暮らしも、全てが社会のペースに「間に合わない」中で、人に笑われ、嘲られるために生きることの意味。
お笑いの裏にある救いようのない薄暗さと、わずかなチャンスにかける人たちの儚さを垣間見れたような気がします。
なお、文章技巧はこなれていません。また、純文学ゆえか娯楽小説のようなオチや大円団もありません。芥川賞に値するかはよくわかりませんが、当方としては単純に読んで良かったなと思いました。
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